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人間関係、いじめ、DV、女性性、男性性について分かった事

人間関係、いじめ、DV、女性性、男性性について分かった事
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DVを受けがちだった謎

私は、平凡すぎるこんな自分としては今でもまだ自分でも信じられないけど、幼少期から結構暴力を受けることが多かった。

記憶の中でおそらく一番最初は多分それは母親から始まり、同級生の異性からへと続いていった。

親からの場合は子供の頃はただ叱られている、親が子を叱る時はそういうものなのだろうかと認識していたし、異性からの場合は男の子特有のからかい行為、一種のコミュニケーションなのだろうと思っていた。

言葉の暴力も、当時は”言葉の暴力”という言葉も知らなかったのでそれは普通の当たり前の事ことなのだろうと受け入れていた。

勿論暴力的ではない子もいたが自分に関わってくる子は何故かそういう子の方が多かった気がする。

中学生になると流石に異性からそんな事はされなかったが、代わりに今度は親友だった女子友達までも急にとても暴力的になりクラスの生徒が大勢いるような教室の中でも普通に暴力を受けるようになって恥ずかしい思いをした事もあった。

どの暴力も質は軽いものではなく実際にしっかり何ヶ月も痛みが続いたり未だに手に傷跡が残ったりしているものもある。

そういう暴力はいじめに該当していたのか分からないが、幸い私はいじめらしきいじめを受けたという体験はあまり無かった。(会社でのパワハラは経験したけど)

大人になってからも異性からガチなDVを受けたりもした。

まさかそんな事をする人だと思ってもないような信頼しきっている予想外の人から受けたので決して暴力的な人が好きなわけでも無いし当時の自分は防ぎようもなかった。

後になってそういう事は訴えると事件沙汰にもなるものだという事も知った。(無知すぎた)

自分が人からそういう扱いをされる事が、自分の中でショックすぎて頭が追いつかなくて、自分の人生の中でまさかそんなドラマや漫画であるような人事だと思っていたような体験を自分がするなんてとなかなか受け入れられなくて、

誰かに言う勇気もなかった。

言ったら受けた行為を自分で認めてしまう事にもなるし、同時に辛い記憶を思い出してダブルでしんどいというのもあった。

だからいつも受けた事は全然大した事ない、ちょっとしたアクシデントだったんだろうとか思うようにして生きていた。

でもある時、自分の幼少期からの事をエッセイ漫画に描いてみた時に、改めて自分の生きてきた人生を客観的に振り返ってみて、流石に自分でも違和感を感じた。

自分が生きてきて出会ってきた他の女子や友達でこういう体験をしていたり共感してもらえる人が誰もいなかったのもあって、

自分はマイノリティー側かもしれないと思った。

それもネガティブなやつである。

また何故よく人から暴力を受けるのか改めて不思議に感じた。

自分は昔から自分自身で認識している人間性としては、出来ればなるべく人間関係に波風を立てたく無いタイプというか、多分人より気が長い方だし争いを好まない平和主義な大人しいキャラなのだ。

決してこちらから喧嘩なんて持ちかけたりしないしまして人様に手を出すなんて考えられないししたくも無いのである。

だが何故か、自分とは全く無縁かのような体に傷を負うような事態を体験する事がよくあった。

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異性に対してブロックがあるのか?

もう一つ自分の中で引っかかる事があった。

私は幼少期からとても人見知りを発動させていましたが、子供の頃、大人の異性に対して特に人見知りが酷かったです。

子供の男の子などはそれほどでもなかったのですが、とにかく大人(中学生あたりの年齢くらいからだと多分ムリっぽかった)だとなんか普通に接するのがしんどいというか落ち着かないというか普通に目とか見れない感覚でした。(でもお爺さんとかは平気っぽかったです汗)

私の場合は多分本格的にきっと異常で、自分の父親でも人見知りをしまくっていて接するのがホントにしんどかったのをハッキリと覚えています。

母親の話では、私は物心がつく以前の赤ちゃんの時点で既に父親にすら抱っこされるのをとにかく嫌がって泣いて凄く変だと思ったようです。

夜通し泣いて泣き止ま無いので救急車を呼ぶまでの事態にもなった事もあったとかです。

この奇妙な大人の異性に対しての激しい人見知りが治ってきたと自覚したのは自分が大人になって社会人になってからくらいだったと思います。

仕事をする上でどんな人ともコミュニケーションを取るのは必須で当たり前で社会人として自然な事であるのだと言い聞かせて感覚もだいぶ麻痺ったおかげだと思います。

また思い切って異性と話したり付き合う事でリアルな人間のいろんな面や中身を知ったせいもあるかもしれません。

しかし今でもまだ、もし女性と男性がいてどうしてもどちらかに話しかけないといけないシチュエーションがあるとした際、気兼ねなく話しかけられるとするならばおそらく女性の方を選ぶかもしれません。(治ってねーじゃん汗)

今までの自分の変な性格を改めて振り返ってみて思ったのは、

自分は生まれた時から、異性に対して何かブロックがあるのかな?とか、もしや前世からの何かブロックしたい記憶を魂が抱えてるのかな?とかいう考えに至りました。

でも自分は決して男性恐怖症とか嫌いとかでは無いのです。

普通に好きです。

異性関係なく本当に優しい、温かい人はたくさんいる事も知っています。

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女性性と男性性

今日なんとなくある動画を観た時に、自分の今までのDVや人見知りについてや女性性と男性性について新たに答えを見つけられた気がしました。

人はどちらの性であっても必ず女性性と男性性が同時に存在しているそうですが、そのバランスが大切なようです。

私は、多分元々女性性さえも希薄だったと思うのですが(身体の左側がよく痛む事があったりとか症状にも現れていた)、男性性もうまく機能していなかったという事かもしれません。

暴力を受けたり(言葉の暴力も含め)いじめを受けたりパワハラを受けたりするのは、自分の中の男性性が閉じていてうまく外に発散出来ていない表れのようです。

自分の意見を言えなかったり、何かしら外側にアウトプットや表現をうまく出来ていない、自分の内側で思った事や感じた事を正直に現実面に具現化出来なくてもどかしい、

とりあえず人に合わせて空気を読んで大人しくして自分を押し殺してその場をしのぐなどという事が昔からよくありました。

でもこういうのって特に日本の風潮として誰しもよくある事かもしれませんが…。

男性性がうまく機能できていない状態なので自分で多分無意識に被害者役をする事になっていて(被害妄想とか先入観とか)加害者を引き寄せているという事のようです。

まあこういうのはもっと複雑な根深い問題なのかもしれないですが、

一つ大切なヒントを得る事が出来て良かったと感じました。

やはりバランスは大切だと改めて感じました。

女性性と男性性の統合まじで確立したいです。

今こうして自分の本心からの想いや考察などを書いているこの行動も自分の中の男性性を育む行為の一つになっていたらいいなと思いました。

 

今回参考にさせていただいた動画はコチラです↓

 

 

最後までお読みくださりどうもありがとうございました。

 

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